『恋心』







―センパイ…好きっスよ―

黄瀬涼太がそんな淡い恋心を抱くようになったのは、

高校に入ってすぐだった。





いつも強い存在、ライバルとも呼べる相手を探していた黄瀬は

中学でバスケと青峰に出会った。

彼ならば、自分を熱くさせてくれる―

その青峰のバスケプレイに一瞬で魅了され、バスケを始めた。

少しでも憧れる青峰に近づくため、がむしゃらに練習した。

憧れから恋心に変わるのはそんなに時間はいらなかった。

淡く、静かに隠し続ける恋心を黄瀬は表に出すこともなく、普段通り毎日を送っていた。

そして、それは中学を卒業するまで続いた。





高校は神奈川の海常を選んだ。

青峰と同じ高校へ行こうと思ったこともあった。

一緒にいたい。

そんな気持ちも芽生えていた。

でも、この中学時代で『キセキの世代』と呼ばれるまでになった

かつての仲間…恋心を抱いていた青峰とともにいるのは正直辛かった。

一体いつまで、この気持ちでいなけらばならないのか。

忘れたいと思う反面、彼を超えたいという憧れと欲求が、

さらにその気持ちを大きくさせる。

それほどに黄瀬涼太の中で、青峰大輝という男は根深く巣くっていた。







「黄瀬」

ふと、呼ばれて意識を呼び戻す。

「あ、センパイ」

目の前に主将の笠松が立っている。やや、ご機嫌斜めだ。

「あ、センパイじゃない。さっさと着替えろ。鍵かけられねーだろ」

気がつくと、部室の中は黄瀬と笠松だけだった。

「さっきから呼んでんのに、何呆けてんだ」

笠松はすでに着替え終わって、すぐにでも帰れそうだったが、

それと対象的に黄瀬はまだ着替えおわっていない。

それじゃ、怒るわけだ。

黄瀬はスイマセン。と返事して、急いで着替える。

「センパイ、俺、上の空でした?」

着替えながら、椅子に腰掛けて待っている笠松に声をかけた。

「…最近、部活終ると多いな…悩みごとでもあんのか」

悩み事。

ありすぎてどうしたらいいかわからない。

まだ、青峰の存在が大きい心の中に、少しずつ笠松という存在が入っていく。

それはあの時と同じ、淡い『恋』なのか。

それとも、苦痛になった心が逃れたいがためにそう思い込んでいるだけなのか。

徐々に増えていく、心の中の笠松の存在に黄瀬自身が困惑していく。



―センパイ、好きっス―



そんな言葉を口にすれば、壊れてしまう。

高校に入って、仲間とのバスケが楽しくて楽しくて、今のままでいたいと思う。

自分の浅はかな気持ちでそれを壊したくない。

中学のときに感じなかったバスケが楽しいという感情。

あの時も楽しかったけど、ただ強くなりたかった。

それだけだった。


「黄瀬、お前、本当に大丈夫か?」

またもや上の空だったようで、黄瀬が意識を戻すと

目の前に心配した笠松の顔があった。

「セ、センパイっ!」

一瞬、ドキリとしながらも、そんなことお構いなしに笠松は自分の手を黄瀬の額に当てる。

「熱はないようだな」

笠松の手が黄瀬の額にある。

改めて分かる。

同姓で男なんだと。

そんな先輩を『好き』になっていく自分がいるということも。

笠松の手が心地いい。

しばらく、こうしていたい。

そう思っていると、静かにその手が離れた。



―センパイ―



また、あの時と同じようにこの『恋心』を隠し通す。

苦痛な『恋』が始まる。

まだ、青峰という『恋心』が詰まっている。

そこに笠松という『恋心』が入ってきた。

いっそのこと吐き出したい。

楽になりたい。

でも、それは叶わない。

自分は男で想い人も男だから。

「センパイ…」

そんなことを考えてたら、辛くなってきた。

黄瀬は隣に立つ笠松に無意識に抱きついてしまった。

「黄瀬!?」

子供のように男の胸の中で顔をうずめる黄瀬の姿に、笠松は静かに肩を抱いた。

「まったく、世話の焼ける後輩だな」

そうつぶやきながら、笠松は笑みをこぼす。





今だけ、許してください。

明日からいつもどおりの黄瀬涼太に戻ります。

この『恋心』とともに…




―センパイ、好きっス―

たとえ、その『恋心』が偽りであっても。


おわり